「脳梗塞・失語症から言葉を取り戻すまで」11 〜 SLTAにとまどう

私の話をひと通り聞き終えると、先生はA5サイズほどの紙を手元に引き寄せた。  3cm四方のマス目の中には、動物やくだもの、山、太陽、靴下などといった、さまざまな絵が描かれている。言語障害の程度を調べるため、2回目以降のリハビリに使う道具だという。こんな幼稚園児の能力テストみたいなことをしなければいけないのだろうか。そんな悲しい思いが顔に出てしまったのだろう。先生は、

「検査に使うものなんですけど・・・・・。沼尾さんには必要なさそうですね」

と言ってくれた。

私は過敏になっていた。自分の病気を自覚して以来、まわりの人がみんな、私を「失語症なのね」「うまく話せないのね」という目で見ている気がした。まるで子供相手のような調子で話しかけられると、「私、すぐに言葉が出てこないし、わからないこともあるけど、それ以外は正常なのよ。感情だってフツウにあるのよ。幼児扱いしないで」と言いたくなった。私のプライドはすでに何度も傷ついていた。しかし、先生は、私の気持ちをすぐに察してくれたようだった。

あっという間に検査用の紙は引っ込められ、普通の会話に戻った。そして、最後に、

こう言った。

「どうでしょう。明日から毎日、来ることができますか?」

「はい、どうぞ よろしくお願いします」

と私は素直に頭を下げた。

初めて目標ができた。毎日ここに来よう!       これから、すべてがうまくいきそうな気がした。

 

リハビリ2日目。午後、約束の時間に、言語療法室に向かう。点滴の管はつながっていて、ガラガラと点滴スタンドを転がしながらの移動だ。

前日にたどった道を思い出しながら、のんびりと歩けることがうれしい。病院内とはいえ、少し長めの距離をひとりで歩くのは、これが初めてだ。

連絡通路にさしかかった。通路は大通りを少し入った道路の上に渡されていて、両側の窓からは外がよく見える。ときどき車が足の下を走り抜けた。白い日傘をさした女性も歩いている。そこには″日常〞があった。病院から一歩も外に出ていない私は、ずっと外界の空気を吸っていない。窓から見えるのは、都会のビルの谷間の、ほんの狭い一角。この窓の外側に日常と現実がある。

「私がこうしているあいだにも、世の中はフツウに存在し、フツウにまわっているんだ」

それはとても不思議な感覚だった。

〈続く〉

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この記事を書いた人

ナレーター/朗読家/司会/声とことばのトレーナー

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