「 脳梗塞・失語症から言葉を取り戻すまで」2

脳梗塞発症

否も応もなく入院が決まり、一週間の休養が決定的になった。いや、まだわからない。早く回復すれば、数日で退院できる可能性だって残っている。

病室の準備ができたと連絡が入り、私はストレッチャーに横たわって診察室の隣の部屋を出た。さっきまでは車椅子だったのに、今度はストレッチャー。これって、ますますアブナイってことでは。いや、深く考えるのはやめよう。

横たわったまま、人の行き交う廊下を進むというのは、変な感じだ。エレベーターに乗ったときなどは、他の患者さんや見舞客などに囲まれて、なんだか気恥ずかしかった。「こんな若くて美しいお嬢さんが、どんな病に冒されているのかしら」と詮索されているような気がする。 あっ、ちょっと不謹慎ですね。ごめんなさい。私はどんな大変な時でも、大丈夫大丈夫!と笑顔に変換して窮地を乗り越えてきた(?)ので、こんな時にもいつもの癖が出てしまうのだった。

エレベーターが5階でストップした。この階が脳神経外科の入院病棟らしい。病室に入ると、看護師さんが手際よく病院のピンクのパジャマに着替えさせてくれた。これで本当に入院だ。ベッドに横たわり点滴につながれて、私は、誰がどこから見ても、間違いなく“病人〞になった。

翌日、ずっと入れっぱなしの点滴のせいか少し体がラクになった。友人に《とっても暇だから、おしゃべりに来て!》とメールする。

自分の寝ている部屋を見回す。部屋は縦長で、ベッドは窓に平行に置かれている。洗面所もトイレもついてるし、テレビもソファセットもある。うん、本当にホテルみたいではないか。ただひとつ、ホテルにあって、ここにないもの。それが恋しい。お風呂だ。女性としてはシャンプーできないのはつらい。

入院3日目は土曜で、その次の日は当然、日曜日。週末のせいか治療に大きな変化はなし。点滴を打っているだけ。頭の痛みも軽くなってきたような気がする。このまま、とくに何事もなく予定より早く無事に退院、ってことになればいいのだが。

入院して5日目の明け方。実は昨夜から一睡もしていない。入院する前に悩まされた、あのハンマー攻撃が復活したのだ。いや、それを上回る猛攻撃だ。 なぜ?

頭の中で何が起こっているのだろう。

こんな肝心なとき、私の遠慮のない性格は鳴りを潜める。真夜中に看護師さんをお呼び立てするのは申し訳ないし、点滴してるから状態はよくなっているはずなのに、「ますます頭が痛い」なんて、なんだか悪くて言えなかったのだ。 夜が明けるのをじっと待っていた。毎朝6時半に看護師さんがお茶を持ってきてくれる。そのときに、打ち明けてみよう。

「おはようございます。お茶、いかがですか?」

いつもと声が違う。初めてご対面の看護師さんのようだ。

「あの、頭が痛いんです・・・             」

ベッドから起き上がることができないままつぶやいた。しかし、彼女は「お茶は、ここに置きますね」と言って、姿を消してしまった。あまりにもか細い声だったので、聞き取れなかったに 違いない。ああ、どうしよう。子供のように涙が出てきた。

しばらくして、もう一度、病室のドアが開いた。今度は検温に来たのだ。

「あ・た・ま          イタい     」

どのぐらい時間がたったのだろう。1分? 10分? ドアがスルスルッと開いた。パタパタパタ、これは看護師さんの白いサンダルの音。シャワシャワシャワ。これは?おそらくストレッチャーの小さい車輪の音だ。そして、複数の人の気配。

「沼尾さ〜ん          」

名前を呼ばれたような気がする。それも、ずいぶん遠くで。しかし、その声は、どんどん遠ざかっていく。 私の体は、硬くひんやりとした無機質な台の上に移された。シャワシャワ、シャワシャワ。頬にかすかな風が。私はどこかに連れていかれるらしい。どこに? そして、何が起きたの? <続く>

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この記事を書いた人

ナレーター/朗読家/司会/声とことばのトレーナー

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