「脳梗塞・失語症から言葉を取り戻すまで」4 〜 なぜ、退院したいと言ってはいけないの?

ドキュメント 入院1週間

私は不安だった。自分がどうして入院しているのか、いつまで入院しているのか分からない。そこで手当たり次第周囲の人に言葉にならない声で聞いていた。みかねた家族がノートに書いて説明してくれた。

〈病名…脳梗塞(のうこうそく)

①            早く退院したいと言わない

②            早く仕事復帰したいと言わない

③            先生の説明は、きちんと理解できるようになってからしてもらう

リハビリ…字を書く

(訓練)…文字を読む、文字を写す 大切            ①あせらない ②水分をとる〉

次のページには、流れる川が途中でせき止められている絵。そして、せき止められている川の土手に

〈出血     脳細胞しんじゅん(浸潤)  ↓硬くなるのをまつ〉

と書き、せき止められている部分には、

〈↓言語中枢が、今、ダメージ             ↓訓練すればいい〉

脳梗塞ってたしか高齢者に多いんじゃなかったっけ。それがわたしが病名を知った時の正直な気持ちだった。どうしてわたしが罹ったんだろう。それで、これからどうなるんだろう。心がざわつく。

なぜ退院したいと言ってはいけないのだろう。これから、病気をやっつけるために何をするのか、聞いてはダメなのだろうか? その治療には何日かかるのだろう。仕事、そんなに休めないのに、何なの、「あせらない」って? これってただの注意事項じゃない?もっと、もっと治療の話を聞きたい。症状のこととかいろいろ具体的なことを聞きたい。でも、その思いも言葉にできなかった。

先生が入院は一週間と言った。それだけは、常に頭から離れなかった。ベッドで少し頭を起こすと、正面の壁にカレンダーが掛かっていた。いやでも、それが目に入る。入院したのが・・・・・・7月6日。今日は・・・・・7月12日。一週間たってる!   私はこんなころにいてはダメなのに。仕事に行かなくちゃ。テレビ局に行って、マイクの前に座らないと、スタッフに迷惑をかける。ラジオの仕事も穴をあけるわけにはいかない。 でも「早く退院したい」と言っても、みんな困った顔をするか、黙ってうなずくだけ。そのうち、だれかがカレンダーを壁からはずしてしまった。

とにかく、何か書けばいいのね。書けば、何かが変わるかもしれない、早く退院できるかもしれない。そう思って、その日の夜から、私はそのノートに少し ずつ文字を書き始めた。

まず、心に浮かぶ名前や単語を書こう。一番最初に書いた文字。それは私の所属事務所のマネージャーの名前。やっぱり気になるのは仕事のことだった。名前が思い出せてよかった。フリガナをふったあと、ホッとした。 次に文章を書いてみた。

《看護さんの佐野先生がきのうの夜から朝ごはんをもってきてくれた。》

看護師の佐野さんのことを書いたつもり。あとで読むと、意味不明である。

昨日の夜から朝ご飯?        これじゃ、まるでとんちクイズだ。でも、書いてるときは、この文章がどれだけおかしなものであるか、まったくわかっていなかった。

《夕方、 頭がいたかったり、言葉がうまくしゃべれなかったりやっとわかった。 退院をあせれなかったり、言葉がわかれなかったり、すればいいいのね。 わかった。》

文が組み立てられない。そのせいで、見たこともない文章ができあがっていく。

今度は名前。ちゃんと覚えているだろうか。

私は書いて思い出せることで自分自身を安心させていた。もちろん、顔は思い出せても名前が出てこない人もいっぱいいた。思い出せなかった方に申し訳ないので、ここには書けないのだけれど。      。

地名はかなりあやしい。

《飯谷橋(飯田橋)、練谷(練馬)、代宿山(代官山)》

私の頭の中は調子の悪いパソコンのようだ。変換が思わしくない。似ている音や似ている漢字のつくりを混同している。

今でこそ笑えるけれど、このときの私は、間違っているのも気がつかないまま、ベッドの上で文字を書いていた。といっても、すぐに疲れるので5分も集中できない。一日のうちの5分。耳鳴りがおさまって少し調子がいいときは、新聞や本の中の漢字を拾ってノートに写し、フリガナをふっていた。

どうやら、言葉は忘れても、性格はあまり変わっていないようだ。私は、これと決めると、コツコツと取り組み続ける生真面目な一面を持っている。それに、私の自由はベッドの上だけで、検査のとき以外は病室の外に一歩も出ることができなかった。だから、調子のいいときを見はからい、一日必ず1回は鉛筆を握った。

いつしか大学ノートには、自分で思い出した言葉、本から写した文字がズラリ並んだ。最近、″ナレーター〞という言葉も思い出したので、さっそく書いた。さらにラジオ局やテレビ局の名称も。先生や看護師さんが病室に顔をのぞかせたときは、これを見ながら自分の仕事を説明すればいい。こういう仕事をしていて、だから、早く仕事場に戻らないといけないと伝えよう。そうすれば、きっと誰かがなんとかしてくれる、と思った。

白い服を着た人が来ると、「あ、病院の人だ」と思い、ノートを見ながら、自分の仕事を説明しようとした。でも、うまく説明できない。みんなは「ああ、そーなの」「はい、わかりました」 と言って、すぐに行ってしまう。どうして、私の話をきいてくれないだろう。わたしはとてもあせっており、また、周囲のひとの態度にいらだっていた。そして、そんな私を見る周囲の人は、なぜか子どもをあやすような顔をしていたように思う。

枕元には超ベストセラー小説『ダヴィンチ・コード』があった。

「時間がたっぷりあるから、この機会に話題の本を読もう」と考えて手に入れたのだが、頭痛がひどく、それどころではなかった。そして今は、ページをめくってみたものの、何度、文字を追っても、意味が頭に入ってこなかった。アラビア語の教科書を目の前にしたら、こんな感じかもしれない。そこで、別の本を選ぶことにした。

ディズニーの小型の本。よく本屋さんの店頭に置いてある、クルクルと回る金属製の本立てに差された幼児向けの絵本だ。全部ひらがなである。

パラパラとページをめくると、ドナルドダックが畑を耕し、塔の上にはお姫様のミニー、そ の下には馬にまたがった王子様のミッキーが描かれていた。大きな文字で書かれた短めの文章 を、声を出して読んでみる。

「あ〜る〜と          ころ・・・におば・・・        ?」

あー、イライラする。うまく読めない。全部ひらがなだとどこで区切って読むのかわからない。意味がちっともわからない。どうして塔の上にお姫様がいるのか。

何度読んでも、意味がわからない。だけど、どうしても内容を知りたいと思った。もう一度、最初に戻って読んでみる。何度も何度も。疲れると横になり、気が向くとまた絵本を手にとった。そうやって一日が過ぎていった。

私は文字が繋がることで文章になり意味をなすことを知っているのに、文節にすることができず、だから何が書いてあるのか理解できないのだった。ひらがなはただの発音記号と一緒だった。

そんな状態であることもわからず、私はベッドの上で、幼児向けの小さな絵本を両手でしっかり持って、

「おひ~めさ・・・まがと・・・・うのう・・・・えか・・・・・ら?」

と一生懸命、声に出して読んでいた。

〈続く〉

カテゴリー: 沼尾ひろ子 脳梗塞・失語症から現場復帰するまでのドキュメント   パーマリンク

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