不屈のバイオリニスト

久しぶりに東京厚生年金病院脳外科往診。
担当医の豊田先生は変わらぬ笑顔。
先生の優しいまなざしに触れるとホッとする。
「調子はどうですか?」
と尋ねられ、おかげさまで元気です、と答える。
2ヶ月に一度のこのやりとりが、健康を実感し、そのことに感謝する私の慣習になっている。
先生が、あるバイオリニストの話をしてくれた。
プロとして活躍していたその方を襲った脳梗塞。
後遺症は左手の麻痺だった。日常生活に支障がないまでに回復したけれど、プロの演奏家として舞台に立つにはあまりにも大きな壁が立ちふさがっていた。
自分の将来にどれだけ絶望したことか。
その方が先日リサイタルを開いた。
大きな壁に穴をこじ開ける途方もない決意をし、予想もつかない年月を、もう一度舞台に立つという執念に費やした。
そして、その執念が実った。

「医療に携わる僕が言うのもなんだけど、神様はとんでもないいたずらをしますね。沼尾さんの場合もそうでした。プロの方の得意分野に脳梗塞を起こす。
僕達が、ここまで回復した、というのと違って、そこから先のプロの領域はご本人にしか納得のラインを引くことができません。僕の力をはるかに超越した力が人間にはあるんですね。」

「あっ、僕は沼尾さんの本をその方にお渡ししたんですよ」

そう言ってウインクした先生は、その方のリサイタルには足を運ばなかったのだそうだ。

「自分が顔を見せると、かえって緊張しちゃうんじゃないかと思ってね。」

先生はいつもさりげなく私達脳梗塞患者に接してくれる。
あったかいほんわかしたものが、その方にも灯ったに違いない。

先生、勇気の出るお話ありがとうごさいます。

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