ろれつがまわなくても、正しいと思うことを伝えて

最初にフリートーク。1週間の間におもしろかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと、それぞれ自由に話してもらいます。最近のみなさんは話の構成がなかなかのものです。こんなできごとがあって、その時どんな感情が湧いて、最後にオチまでちゃんとある。最初の頃は何を話したらいいのかわからず、別に何もないです、という方も多かったのですが、回を重ねるに連れ、おもしろい、楽しい、悔しい、そのような感情のキーワードで自分の経験を即座に照らし合わせることができるようになってきました。伝えようとする気持ちが芽生えてきたことが一番大きいような気がします。言葉を発することによって他人をつながることができる。感情の交流が生まれる。わかってもらえる喜びは何物にも代え難いものです。

悔しい体験は?との問いに、ネットで買い物をした時のことを話してくれたひとがいました。5000円で購入し送られてきた物が汚れもひどく破損していたというのです。そこで苦情を言うために電話をかけたところ、体よくあしらわれ、2000円だけ返すから、という相手の一方的な言葉で電話が切られたという話でした。「頭にきたので、ふざけるな!とどなったんですが、ろれつがうまくまわらないから、こっちは怒っているのに、かわいくなっちゃって、相手はハイハイみたいな感じで。もういいやとあきらめました」と自虐的に笑って話してくれました。ふざけるなあ、という言い方がたしかにかわいらしく聞こえ、話を聞いたみなさんもわたしも笑ってしまいました。これ、笑い話ですね、と。でも、本当はどれだけ悔しい思いをしたかと思います。もちろん、みんなそのことをわかっていて一緒に笑ってくれる。同じ苦しみや悔しさややりきれなさをさまざまな場面で経験しているからこそ笑えるのですね。ただ、わたしはやっぱり決してあきらめないでほしいと思うのです。どんなにあまい滑舌だろうと正しいと思ったことは伝えなければなりません。懸命に伝えていく熱意が相手を動かすのです。相手が折れたら、自分は自分の言葉でそれを伝え相手にその思いが伝わった、これがコミュニケーションです。滑舌がよくなきゃ伝わらないというのは、自分でそういう鍵をかけてしまってるのです。勇気がいることだと思いますが、その鍵をはずして素の自分で立ち向かってほしい。それでもわからない相手はそれまでのひとです。これからだって何度となくそのような場面に遭遇するでしょう。その度に自分からいいやとあきらめてしまうと、いい訳をする生き方になってしまいます。自分の感情、気持ちをわかってくれるひとにだけ伝えるのでは、その輪の中でしか本当の自分を出せなくなってしまいます。悔しさを分かち合える仲間がいることは宝物なんです。自分は宝物をもっている、だから、負けるもんか!その強さも身につけてほしい。心からそう願っています。

 

数字カリキュラム

買い物は日々の生活の中で必ず行うもの。でも、数字の苦手な方にとってはストレスの大きい行為のひとつでもあります。買いたいものは全部でいくらだろう?お財布の中にはいくら入ってる?

 

 


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この記事を書いた人

ナレーター/朗読家/司会/声とことばのトレーナー

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