「失語症ってどんな病気ですか?」

「失語症って、しゃべれなくなるんですよね。
沼尾さん、まったくそんな気配はありませんね。」

取材や講演先で初めて会う人はびっくりした表情で決まってそう言う。
仮病だったんでしょう?と言われることもありますよ。
笑いながらそう切り返す。

失語症とはどういう後遺症なのか。

このことを、一番わかりやすく説明する時、

まるで、まったく聞いたことのない言語圏、たとえば、アフリカ諸国の言葉とか
ロシア語とか、そういった国に、
いきなり、ポンっとひとり置き去りにされた感じ

とか、

となりの教室で、なにか騒いでいるみたい

とか、答える。

なんだか楽しそう。
なにかまじめに議論してるのかな。
わたしに何か聞いているみたい。

雰囲気は伝わる。
でも、何を言っているのか
音が言語変換されない。
厳密に言えば、言語として認知はできているのだが
意味が伴わない。

これがなにを意味するのかわかるだろうか。
深い孤独感。

家族や友人が聞き慣れた声で、ゆっくり話しかけられれば
ちゃんと理解できる。
いや、できることもある。

自分では理解しているつもりでも
どうやら、そうでない時の方が多いらしいのだ。

「わ・か・り・ま・す・か?」
看護師さんにそう聞かれた時
そのことを悟った。

そうか、わたし、バカになっちゃったんだ・・・。

絶望とさらに暗い孤独という闇に突き落とされた。

自分の意志を伝えたい時。

あの・・・、えっと・・・。

なんて言うんだっけ?
わたしの仕事
ほら、あのテレビでしゃべる・・・

映像や意志は鮮明に描かれる。
でも、言語変換できない。

文字を読むこと。
文字は形として目の前に存在しているだけだ。
あ・い・う・え・お

わたしの場合、ひらがなの音は覚えていた。
でも、文節がまるでわからない。
本は、意味をなさない文字の羅列だった。

テレビをつけてもまったく何を言っているのか
何がそんなにおもしろいのか
わからない。

いつしか、テレビをつけるのをやめてしまった。

後遺症の度合いによってさまざまであることを
まず断っておく。

わたしの場合。
自自身が信じられないという、すがることのできない現実が
言葉だけでなく、心も切り刻んだ。
左側頭葉に8センチ大の梗塞層によってもたらされた症状は
生きる意欲を根こそぎ奪っていった。

脳梗塞の恐ろしさは
人間としての尊厳をも奪ってしまうことなのだ。

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この記事を書いた人

ナレーター/朗読家/司会/声とことばのトレーナー

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 2/19ランチから帰る途中、何だか、覚えているのは、1週間後~。今も、わからないことばかりです。テレビ、新聞もみているのに、わからない。不思議なことばかりです。

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